文化・言語・教え方
“違い”を知ることが、わたしたちを強くする。

2018.05.20

柔道

夢をかなえた人は、どんな人生を送るのでしょうか。ノーベル賞に選ばれた小説家やヒマラヤ山脈から生還した登山家…トップランナーは、想像もできないような努力を重ね、その道を極めた後もその世界一筋で生きていく。そんなイメージが湧いてきます。

天理大学教授の細川伸二教授は、柔道のオリンピックメダリスト。伝統ある天理大学柔道部出身であり、ロサンゼルス(1984年)・ソウルオリンピック(1988年)の60kg級において、それぞれ金・銅メダルを獲得。日本の柔道史にその名を刻む、強豪選手です。

強面な姿を想像しがちですが、実際の細川教授はユーモアと機知に富み、フランス語に堪能な柔道家。“スポーツ一筋”というステレオタイプなイメージを鮮やかに覆す細川教授に、天理大学のスポーツ教育が教える国際性と人間力とはなにか、伺いました。

細川伸二

1960年生まれ、兵庫県出身。天理高校・天理大学卒業。1984年ロサンゼルスオリンピック柔道男子60kg級金メダリスト、1988年ソウルオリンピック60kg級銅メダリスト。

現在は、天理大学体育学部教授・体育学部長、および全日本柔道連盟男子強化部長。

欧州の人たちは、二か国語、三カ国語なんて普通。留学を通じて、痛感したこと。

1925年発足、伝統ある全国屈指の強豪として、数々のチャンピオンを輩出してきた天理大学柔道部。熱気あふれる練習風景が日々繰り広げられる道場では、毎年3回ほどフランス語と日本語の二か国語が飛び交う時期を迎えます。

1999年より続く「フランス柔道指導者研修会※1」は天理大学体育学部で開催され、フランス人柔道指導者への講習を目的としています※2。今年の参加者は60名ほど。柔道特別実習の授業内でも行われるため、天理大学の学生も含め、性別や年齢、人種や国籍の違う参加者同士が交流することになります。

共通言語は英語なのだろうか?と疑問に思いながら見学していると、柔道部監督の穴井隆将講師のそばに細川伸二教授がすっと立ち、流ちょうなフランス語で通訳。細川教授が口を開くたび、ユーモアあふれるコメントに、どっと笑いが起こります。

 

「ごまかしているだけですよ(笑)パリに滞在し、フランスのナショナルチームが練習している場所で研修に参加したのは、もう三十年ほど前になります」

細川教授が30年前、と話すのは1989年から1990年のこと。現役引退後、天理大学の教員となった細川教授は、文部省と日本五輪委員会の派遣により、1年間のコーチ留学をフランス・パリで経験します。語学は、渡仏前に半年ほどかけて勉強。主にNHKのラジオ・テレビ講座を使い、出発前にはフランス学科(当時)の授業にこっそり潜り込んで、「知らない顔をして」学生と一緒に授業を受けたこともあるそうです。

柔道同様、そうした地道な努力を重ね挑んだ留学では、語学はもちろんのこと、多くの気付きがあったといいます。

「カルチャーギャップを沢山受けました。自分はこれまで日本しか知らず、試合のことしか考えていなかったのだな、と。

まず、フランスでは、人種民族が入り乱れて生活しています。特に柔道はどんな選手とも組み合って、寝技ではお互いの汗がしたたり落ちるような距離感です。日本にいたら基本は日本人しかいませんからね。

語学も、欧州の人たちは、二か国語、三カ国語なんて普通。ああ、これは勉強しなくてはと思いました」

柔道だけに没頭するのではなく。異なる価値観に触れた経験が、視野を広げた。

柔道だけに没頭するのではなく、人との付き合いかたや社交性も含め、様々なことに挑戦し、器用にこなしている。

パリ滞在で欧州の選手と交流しながら、細川教授は彼らと日本人選手との相違点に気付くようになります。その経験は細川教授に、柔道以外のことも勉強する必要性を痛感させたそうです。良いところも、悪いところも。様々な価値観に触れ受け入れながら、細川教授は両者の“違い”を客観的にとらえ、咀嚼しながら、受け入れるようになっていきます。

「まず教え方で言えば、楽しく皆がずっと続けていけるように指導するのがフランス流。日本は昔ながらのやり方。厳しく、規律を持って教育をという方向性が強くあります。このように考え方や文化・教え方など、何もかもが違う同士で講習を行うのは、お互いにとってものすごい勉強になると思っています。

例えば、仏指導者の皆さんは、やはりプロ。道場だけで“飯を食っている”わけで、職業が柔道プロフェッサーですから、その点が我々とは違う。免許を取ること、更新すること、道場生を集めること。あらゆることに必死で、勉強熱心。そういう点も刺激になりますし、こちらも復習しながら講習に挑んでいます。」

「また、フランスの方にとって、柔道はまさに日本で生まれたスポーツ。伝統を重んじる武士道・侍精神という考え方を現地で学びたいという気持ちがとても強いと感じるので、そういう意味でも講習は大変良い経験になるのではないかと思います。

詰所に雑魚寝しながら、共同トイレ・共同風呂で生活するなんて、なかなかできることではありません。先人たちが歩んできた道を歩み、伝統を体験しながら学ぼうとする意志を感じます」

柔道の道に進んでも、そうではなくても。天理大学のスポーツ教育が教える、国際性と人間力。

午後4時。息を切らせた参加者一同が道場に正座し、細川教授の号令により一礼。その日の講習が終了しました。解散、と思いきや、その後スマートフォンを手にした参加者がひっきりなしに細川教授のもとを訪れ、団体や2ショットでの写真撮影を依頼。列は途切れず、撮影会はしばらく続きました。

著名なトップレベルの選手であり、引退後も世界の柔道家の憧れである細川教授。高校や大学で柔道に打ち込む学生たちの全てが、細川教授のようになれるわけではないかもしれません。柔道部に所属していても、選手や指導者とは別の道に進む学生も多くいます。

現在は体育学部長の肩書きを持つ教育者でもある細川教授は、そういった学生も含め、天理大学で柔道やスポーツに打ち込むことは、今後の人生にどう生きてくると考えているのでしょうか。

「確かに、体育学部に入学して柔道部に所属しても、選手になる学生ばかりではないですよね。ただ、本学柔道部には、伝統と独自の文化があります。数々の国内外チャンピオンを輩出してきた厳しい練習は、柔道以外でも意味を持つと思います。

他にも、これは卒業するまでなかなか気付きにくいと思いますが、体育学部も他学部に劣らず国際色豊かです。柔道部に限らず、1年生の頃から遠征で海外にいくケースが多く、卒業生もスポーツ指導を含め、中国やアフリカ諸国、アメリカ、タイ、スイスなど、各国で活躍しています。

また、国際交流以外にも、西日本の柔道の‟メッカ”として、中学生から警察官まで全国の人々が本学に集まってきます。こうした恵まれた環境に、在学中の早いうちに気付いて欲しいなと思っています」

天理大学でのスポーツ教育を通して、様々な国籍・文化を持つ人々と交流し、相手を理解する「国際力」と「人間力」を学ぶことができる。

そう話す細川教授は、学生たちにはぜひ海外に出てみて欲しいと強く語ります。

「たった一度でもいい。日本語以外の言語を勉強し、違う文化を体験することで、視野が広がり、価値観もがらっと変わる。他の国の人たちと仲良くなれば、必ず人生観が変わるんだよ、と。

例えばインターンシップでも、海外に行くと学生たちは皆、本当に一気に成長する。その変化は、一目で分かるくらい大きなものです。

天理大学の恵まれた環境のなかで、様々なことに気付き、学んでほしいと思っています」

[※1] 仏ナショナルチームをはじめ、県や地区・クラブの柔道指導者らが、天理大学で指導者としての研修を受けるものとして開催。1999年から続く歴史ある研修会であり、近年では年3回開催されている(2018年度は、4月16日~22日、5月5日~11日、6月25日~28日の開催予定)。

[※2] フランスでは柔道指導者の免許を更新するにあたり、日本での研修を定めている。

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